AWS Summit Tokyo 2013

一昨日、昨日と東京は品川で開催された AWS Summit Tokyo 2013 に行ってきた。

全般的な印象としてはエンタープライズトラックがたくさんあったし来場者もスーツを着た人も多くて、AWS を取り巻くステージは去年一年くらいで完全にエンタープライズ側に移行しきったんだなあ、というものだった。もちろんテクノロジートラックやコンシューマートラックもあって、技術的な実装やテクニックにフォーカスしたような話も方々でなされていたんだけど、多くの来場者の関心事は如何にしてクラウドエンタープライズに導入するか、あるいはそれによってビジネスの課題を解決するかというところにあった、というのが肌感覚としてあった。

自分は AWS、というか IaaS はハードウェアを抽象化してソフトウェアでそれ全体を扱えるようにしたというところが本質的で、自動化、DevOps、あるいはプログラミングのための道具としてそれを捉えることが多いのだけれど、エンタープライズ分野ではコスト、納期、そこにかかる人的リソース面、あるいはディザスタリカバリそのほかといった文脈で AWS を捉えていて (どちらがいいという話ではなく)、結果として 関心事の軸が大きく異なる人たちが一同に介していた。

会場で会った旧知の知人は「雰囲気としては昨年もこんな感じだった」と言っていたので今回の一面だけを切り取って、エンタープライズになったというのは少し近視眼的な見方ではあるのかもしれない。

2006年の AWS

AWS が、国内でも大規模Webサービスエンタープライズ系のサービスにもぼちぼち使われるようになったのは 2011年3月の東京リージョン開設から少し経ってのことだったと思う。あれから2年とちょっと。

海の向こうでは Obama for America での成功を含め、ここ最近の AWS の躍進を見ていると 2010 年前後くらいに急に出てきて業界全体の大きなトレンドを作ったという印象を持ってしまいがちだけど、いちばん最初に自分が AWS を見たのは 2006年の Shibuya.pm #7 での Emerson Mills さんの EC2 のデモだった。ライブデモでターミナル内で EC2 のインスタンスコマンドラインから立ち上げて「どうですか?みなさん」とアピールされていたことを思い出す。「おおっ」と驚く人もいたけれどポカーンとしている人も多くて、まさかその EC2 は AWS が数年後にこんなことになるなんて誰も思っていなかっただろうと思う。

というか、当時は Amazon Web Services という名称は現在の Product Advertising API のことを指していて、IaaS 分野は S3 や EC2 が立ち上がったばかり、面白いけどこれ何に使うんだろうねという頃合いだ。

AWS Summit の打ち上げで、Amazon データジャパンの玉川さん、彼はもともと AWSエヴァンジェリストなのだけど、エヴァンジェリストになりたてのころはまだまだ AWS は周りでもよく知られていなくて、500 人の会場に 3人しか人が来ない中プレゼンをしたときがあったなんて苦労話も聞いた。

そんな、巷では語られないまだまだな頃があって、それから結構な時間が経って、いまこうして業界全体を巻き込んだビッグテーマとして華開いているのだなというのはこの動きの速い世界においても「石の上にも三年」ということを忘れちゃいけないぞというのを意識させるものだと思った。

スシロー

セッションの方は(中には退屈なものもあったが)色々と面白いものもの多かった。

話題になっているのは回転寿司チェーンのスシローの発表で、これはクラウドが、AWSが、というよりも回転寿司チェーンという競争の激しいビジネスの中で業務プロセスにどうITを組み込み、ビッグデータをどう活用しているかという好事例だった。その文脈の中で「この辺はクラウドなので柔軟に対応できる」的な話がちらほらという感じで決して AWS のことだけを話しているわけではないのが、かえって聴衆を惹きつける要素になっていた。

回転寿司の皿にICタグをつけてデータを集めておいて、例えば寿司を流してから時間経過ごとの廃棄率を見ていくと既存店舗と新しい店舗で差が見られるだとか、お客さんが着席してからの時間で食べる量が変わっていくのでそれを基に需要予測して寿司を流すようにしているとか、人気ランキングを取ってみると超ロングテールになっているとか、地域の軸でランキングデータを見ると、地域によっては人気のある寿司ネタに偏りがあるのでそれに合わせてネタを仕入れるとか、いろいろ。

IT を業務に「武器として」使う、という意味ではあるべき姿だなあと思って素直に面白そうだと感じた。

Obama for America

最注目、開催前から長蛇の列ができていた "Obama for America" のセッションは、以前に記事などで見た通りの発表だったけれども、ライブで聞くとまた違った印象を受けるものでそれはそれで良かった。

非常に短い期間、超大規模トラフィック、ボランティアによる有象無象の集まり、200個以上ものアプリケーションを作る ・・・ それを大統領選挙戦で ─「えっ」

そんなかなりクレイジーな事例を OSSクラウドや DevOps などモダンなやり方をふんだんに取り入れて成功に収めたというこの話が広く広まることは、B2C Web開発のような先鋭的な分野にとっては追い風になるだろうし、もっと保守的なところには変革のための黒船になる。もっと沢山の人に知れ渡ることを願っている。

Webテクノロジーエンタープライズで活かすには

個人的に色々と思索したのは2日目最後の「Webテクノロジーエンタープライズで活かすには」というセッションだった。

そもそもこのセッション、タイトルが色々なことを物語っている。

自分がITの仕事に関わるようになった2000年初等のころは、大きなシステムでは、例えそれがコンシューマ向けのWebサービスであっても、そこでは普通に商用のソフトウェアが多く使われていた。OracleSunOSNetscape Enterprise Server、J2EEアプリケーションサーバー etc. 盛り上がっている言語と言えば Java だったし J2EE ・・・ Java 2 "Enterprise" Edition をどう Web開発でうまく利用するか、ということに注目が集まっていた。それまで適当に作っていた Webシステムが徐々に複雑化する中で、Web開発にも真っ当な開発プロセスを適用しなければというので、エンタープライズ開発で培われた重厚な開発プロセスが輸入されてくるなんてことも多かった。

間違いなく、当時は「エンタープライズテクノロジーをWeb開発で活かすには」という時代だった。

それが気づけば「Webテクノロジーエンタープライズで活かすには」と、矢印の向きが逆転していた。

いろいろなことがあったんだと思う。インターネットビジネスの盛り上がりだとか、オープンソースの台頭、それにクラウド。多様性と競争環境という意味ではWeb開発 ・・・ この文脈ではコンシューマー向けサービス、の方がよりその条件が厳しく、激しかったということの結果ではないかと思う。肌感覚としては、J2EE が話題になっていた当時からそのスイッチが切り替わったのは Ruby on RailsAjax が突如トレンドになった2005年くらいだったんじゃないか、と勝手に思っている。

そして今それは "The Consumerization Of IT" (IT のコンシューマー化) というキーワードで語られるようになった。

ここ10年以上、ずっとコンシューマー向けの Web 開発に携わってきた自分としては確かにどこかでその矢印の向きが変わっただろうし、こうなったからにはいかにそのWebテクノロジーエンタープライズでも取り入れていくかということが今後の競争においても重要なテーマなのではないかと思っていた。ただ、いかんせんエンタープライズの現場については自分は未経験に等しく両者を現場感覚で比較するということはできなかったので、はっきりとした自信は持てない所もあったのだが、こうして「Webテクノロジーエンタープライズで活かすには」なんてタイトルのセッションが開催されているというのは既に世の中がその構図を受け入れて、その前提で話しをしているということなのだなと感慨深かった。

事実、今回の AWS Summit では先のスシローの発表のような例外はあれど、多くのエンタープライズ向けセッションでは「AWSを導入しました」「我が社もクラウド専門の部隊を立ち上げました」という話に終始するものが多かった一方、B2C 開発やアドテク周りは AWS の柔軟性やアーキテクチャをこうやって使って厳しいシステム要求をクリアしているというより具体的な話、ずっと先の話をしていたように思う。一方で Obama for America のように選挙のような保守的な分野で、そのWeb開発を日常的に行っている我々ですら驚嘆するような開発話も出てくるのだから、業務が保守的だから業界が保守的だからというところで歩みを止める必要はどこにもないんだろうし、その歩みを止めない企業や組織がこれからをリードしていくんだろうという当たり前のことを思った、というのが AWS Summit 全体の総括だった。

なお、最後に完全に蛇足ですが、玉川さんや Serverworks の大石さんや cloudpack の後藤さんなど著名な AWS エバンジェリストの面々が、笑いの閾値が厳しいエンタープライズ分野を相手に次々と爆死、つまりすべっていたのが非常に興味深かった。玉川さんに関しては「安定のスベリ出し」ではありましたが。おしまい。