「ほんとうのプロダクトアウト開発」 ― マツダはなぜ、よみがえったのか?

"プロダクトアウト"。技術や思い入れなどを優先して製品を作るやり方です。

技術から発想しなければなし得ない製品というのは当然ありますし、そういうものこそ革新的であるとずっと思っていました。ですが、僕はこの「プロダクトアウト開発」というのを、いつからか都合の良いように解釈していた。自分達がやりたいことを優先するための正当化、技術的に困難な課題を解くことからはじめるのではなく、そこに扱いやすい技術があるからそれで作るという、リスクを取らない開発のための言い訳。

「プロダクトアウトじゃないと、真に新しいものは作れないんです。」

先日、『マツダはなぜ、よみがえったのか?』という本を読みました。不振に陥った自動車メーカーのマツダが、苦境の中から RX-8 を開発し、その状況から脱出するまでをつづったノンフィクションです。この本には「ほんとうのプロダクトアウトとはなにか」ということが記されていました。

RX-8 という車

MAZDA RX-8マツダの4ドア4シーター、ロータリーエンジンのスポーツカーです。


(写真: RX-8 のカタログより)

見ての通り、非常にスポーティで、いかにもよく走りそうな出で立ち。素人の自分から見ても、これは車好きにはたまらない車だということが良く分かります。ドアが観音開き状に開閉するところなども、非常に特徴的です。

RX-8 は 2003 年に市場にお目見えするわけですが、それまでの常識では、通常スポーツカーと言えば2ドア2シーター。つまり2人乗りが前提でした。見た目的にというよりも、技術的に、車体が軽量であることを優先するスポーツカーにとって、重量が増す 4ドア4シーターのスポーツカーというのはあり得なかったわけです。RX-8 はそんな常識を打ち破り、4人で乗れるスポーツカーとして、驚きをもって迎えられた車です。

RX-8ロータリーエンジンを搭載した唯一のスポーツカーでありながらも「4人で乗れる走って楽しい」車として、売れに売れました。しかし、この売れるスポーツカーである RX-8 の開発には非常に高い技術的ハードルがありました。それを乗り越えるためにマツダの開発陣が、経営陣が何をしてきたかが、この本には記されています。

マツダは、はじめから「儲かるロータリーエンジンスポーツカー」を作ろうとした

前述の通り RX-8 はスポーツカーとしては異例の販売台数を誇る車であり、また、世界各国での賞を総舐めした、専門家からの評価も高い車でもあります。

しかし、この RX-8 の開発の裏側では、経営陣と技術陣の真剣なぶつかり合いがありました。

詳しくはぜひとも書籍を読んでいただきたいのですが、RX-8 の前身であるショーモデルの RX-01 は2ドア2シーターのいわゆるスポーツカーでした。マツダは自社の強みである、ロータリーエンジンや高性能の足回りを実現する技術力を活かして、当初は 2ドア2シーターのスポーツカーを開発しようとします。ところが、当時経営不振に陥いっていたマツダがフォードへ経営支援をあおいだことで送り込まれて来た外国人経営者から、このスポーツカー開発に注文が入ります。

フォードの経営陣が示した難題こそが RX-8 のコンセプトである「4ドア4シーターのスポーツカー」を作れ、という指示でした。なぜ、フォードの経営陣は4ドア4シーターを命題としたのか。

いちばん大きな理由は、2ドア2シーターのスポーツカーは「売れないから」です。2人しか乗れないマニアックなスポーツカーでは、ターゲットになる市場が小さすぎる。芳しくない経営状況の中、市場規模の小さな車を作ることは許されない。そこで売れる車を…となるわけですが、ここで単純にマーケットイン的に、売れるだけの車を作るとはせず「4ドア4シーターのロータリーエンジンスポーツカー」というあくまでロータリーエンジン + スポーツカーというマツダ独自のテーマにはこだわります。

当時マツダは、経営再建にはモノ作り企業としての技術力の他に、市場に訴えるためのブランド戦略が必要だと考えていたようです。そのブランドを確立するためには、ブランドを体現するフラグシップモデルとなる車が必要。そしてその車はコンセプト重視でありながらも儲かる車でなければいけない。自社の持つスポーツカー開発をも可能にする技術力を活かしながら、市場を拡げる車 … その回答が RX-8 でした。

経営陣はプロダクトアウトのビジョン、技術陣は困難な目標を技術で解決する

当時は4ドア4シーターのスポーツカーは常識外れでしたから、この無理難題に対して当然、技術者達ははじめは反発するのですが、双方でコミュニケーションを取り、議論を重ねながら、ひとひとつ課題を解決していきます。軽量であるロータリーエンジンでなければ成し遂げられなかったエンジンのレイアウト、4ドア4シーターでありながらもスポーツカーとしての高いボディ剛性、見た目を損なわないための観音開きドアも、すべてその課題を解決するために生まれたアイデアだったそうです。

技術陣が自分達が作りたいものを自分達の目線で作るのではなく、当初は困難だとさえ思われる目標設定があって、そこにチャレンジしたからこそ、革新的な製品を作ることができた。一方の課題設定は、「売れる車を作れ」ではなく「強みである技術力を活かしながら、4ドア4シーターの車を作れ」という、あくまで自社の強みやブランドに拘った「プロダクトアウトな目標設定」でした。ここが RX-8 開発成功の最大のポイントではないかと思いました。

RX-8 は、童心を取り戻した大人に売れた

ブログで書くとあっさりなのですが、実際にはその問題解決の過程にはさまざまなドラマがあり、それが詳細に語られています。そしてモノ作りや経営だけでなく、当然マーケティングや販売戦略なども高度に行われる必要があったようです。

結果として RX-8 は、どのように売れたか。RX-8 の主要購買層は、RX-7 の頃の典型的なスポーツカー購入層…20代の独身男性や40代50代の高額所得者…ではなく、30代の、家族がいる子育て世代でした。

スポーツカーがファミリー層に売れる。あり得ないですね。「子供の頃に憧れたあのスポーツカー、でも、家族も子供もいるし、もう諦めなければいけないと思っていた。この車なら、RX-8 なら、家族と一緒にスポーツカーに乗れる。」そんな客が試乗会に行列を成したそうです。…4ドア4シーターのスポーツカーというコンセプトの勝利です。技術革新の末に、ライフスタイルの変革がありました。このくだり、涙なしには読めませんでした。

こうして RX-8 は、スポーティでありながらも使い勝手が良く「走って楽しい車」というマツダのイメージを体現するフラグシップモデルとなり、アテンザアクセラなどその後のマツダのカーラインナップの牽引役となります。

ほんとうのプロダクトアウト開発

書籍から引用しましょう。

ほんとうのプロダクトアウトとは、RX-8のような製品の開発過程を指すのだ。すなわち、無理難題とも言える目標を経営陣が掲げ、現場はその目標を超えようと知恵を絞り、試行錯誤を重ね、そして目標以上のものを創り出す―。これが、ほんとうの「モノづくり」であり「プロダクトアウト」である。

プロダクトアウト、という言葉を言い訳にしていた自分にとっては、ぐさりと刺さる一文でした。

一方で、モノづくりだけにこだわり過ぎるのが良いとも思えません。あくまで市場を見据えることが前提で、そこに自社の強み、ブランドを活かしつつのプロダクトアウトの視点を注入することが大切なのではないかと考えます。

知人のことば

「大きなビジョンというか目標のようなものを決める。そこを柱に、すべての物事がそこに吸い寄せられるように進むようなものを。それができれば、事業はうまくいくよ」と、かつて社会人になりたての自分に、先輩である知人がアドバイスをくれました。当時は、そのビジョンや目標に何を示すのが良いのか、良く分かりませんでした。

徐々に経験を積んでいく中、おぼろげながらその姿形が分かってきたつもりになっていましたが、この RX-8 開発秘話は、それをはっきりと教えてくれました。示さなければいけないのは具体性を伴った高い目標であり、また必要以上には現場に踏み込み過ぎずない、現場を信頼するビジョンなのでしょう。自社の得意な問題解決力を見極め、その現場力を更に引き上げたところにありつつ、売上げやブランドなどを総合的に確立する目標設定。困難ではありますが、確かに全てをその目標設定に吸い寄せることができれば、物事はうまくでしょう。

そしてそのビジョンこそが、プロダクトアウト開発において必要不可欠なものである。それを教えてくれた本でした。

マツダはなぜ、よみがえったのか?

マツダはなぜ、よみがえったのか?

マツダはなぜ、よみがえったのか? ― もちろん、読み物として仕上げるために、美談にされているくだりなどはあることでしょう。それをさっ引いてでも、今の自分にとっては糧になる様々な物語が詰まった一冊です。著者の宮本さんに感謝したいと思います。

P.S. 遅ればせながら Twitter はじめました