創造性の高い仕事をしたい人におすすめしたい1冊

100人が選ぶソフトウェア開発の名著選 デブサミ10周年を記念して2月21日に刊行:CodeZine(コードジン) が出版されます。私も一冊推薦しました。id:secondlife:20120202:1328168076 でセコンさんが公開してるのにならって、私も原稿を公開しようかなと思います。推薦したのは以下の本です。

モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか

モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか

邦題があまり好きじゃない。原著は『DRiVE ─ The Suprising Truth About What Motivates Us』です。本文の訳は良かったです。『フリーエージェント社会の到来』や『ハイ・コンセプト』の Daniel Pink さんの本です。

あの github も読んでいる本

かつてマイクロソフトがプロのライターや編集者に報酬を払って作ろうとした百科事典があります。MSNエンカルタ、という電子百科事典です。2009年3月に同製品は打ち切りとなりました。一方、ウェブの世界には、ボランティアが無報酬で作り上げた百科事典ウィキペディアがあります。至上もっとも成功したオンライン百科事典。みなさんも幾度となくお世話になっていることでしょう。

金銭的報酬によって働くプロが作ったものより、無報酬のボランティアが作ったものが勝ってしまう。インターネットが世界に広まってからそんな事例が多数見られるようになりました。MSNエンカルタではなくウィキペディア。Sun OSではなく Linux。商用データベースではなくMySQLプロプライエタリ・プロジェクトではなくオープンソース・プロジェクト。

なぜプロよりボランティアが作るそれが上回るのか。

『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか 』は行動科学分野の研究成果をベースに、金銭的報酬のような外部から与えられる刺激 ・・・ Extrinsic Motivation によって為されるものではなく、使命感や夢中になれるほど好きという内側からの刺激 ・・・ Intrinsic Motivation によって為された成果がより良い品質のものを生み出す可能性・・・などなどについて論じた書籍です。

つまりは、アメとムチによる管理は過去の遺物で、二十一世紀の今は内的な衝動によってプロジェクトを成功に導く新しいやり方が求められていると、そんな話。

題名はいかにも自己啓発本的な微妙な雰囲気を醸し出している本書ですが、実際には、科学的前提に基づきビジネスの有り様を分析するという冷静な内容になっていますのでご安心を。原著は 『DRiVE ー The Surprising Truth About What Motivates Us』 でして、そこに関して言えばこちらのほうがまだマシかな、という気もします。

もとい、なぜこの本を紹介しようと思ったか。ソフトウェア開発者が生産性高く仕事を為すためには、いかに自分の集中力を高められるか、それにかかっています。その集中力を引き出すのに必要な要素について自覚的になりたければこの本を読みなさい・・・というのが私からのメッセージです。

エンジニアという人種はひとたびそれに集中し始めると、やがて周囲の雑音はきこえなくなり、完全にそこにのめり込んだ、異様に活性化された精神状態となります。みなさんも過去にコーディング中に、あるいはエンジニアリングでなくとも、物作りをしたり、読書をしたり、あるいは受験勉強に没頭したりという課程でそんな精神状態を味わったことがあることでしょう。著名な心理学者のミハイ・チクセントミハイはそんな精神状態を「フロー」と名付けました。

創造力の必要とされる仕事 ー 近年のソフトウェア開発がその代表的なひとつ ー においては、それに従事するひとびとがフロー状態を体験できるかどうか、それが成果の善し悪しに直結していると、科学が証明しています。人がフロー状態に入るには、Extrinsic Motivation ではなく Intrinsic Motivation に突き動かされている、ということが必要不可欠な要素です。

かつて、先進国のソフトウェア開発者はオフショア開発などによってその職業価値を失うといったような主張が幅をきかせていた頃がありました。しかし、結果的には、先進国においてもソフトウェア開発者の需要は減るどころかが益々増えて、またその価値は以前よりもっと重要になってきています。ソフトウェア開発者の平均年俸推移という経済指標がそれを端的に表していることでしょう。

サーチ、SNSソーシャルメディア・・・ウェブが秘める可能性がまた一つと明らかになるにつれて、既存の多数のビジネスがインターネットによって再構成されてきました。Netscape を開発した Marc Andreessen が書いた "Why Software Is Eating The World" という記事が話題になる昨今です。

ソフトウェア産業がなぜコモディティにはならなかったのか。それはソフトウェア開発がもたらす「創造的価値」という言葉に集約されると考えます。創造性が成果を左右する領域ほど、コモディティになりにくい、そんな直感がみなさんにもあるでしょう。

逆に言えば、独創的かつ創造的な価値を発揮できることが今後エンジニアであることの必須条件になっていく、とも言えるでしょう。そして創造性高く仕事をするにはフローに入ること ─ そこで、本書です。

ソフトウェア開発者としての価値は創造性の高さにあるとして、では自分の創造力をどうやって引き出すか。それはフロー時間をいかに作り出せるかにかかっています。そしてそのフロー時間を生み出すエネルギーの源泉こそが内発的動機付け ー Intrisic Motivation です。オープンソース・プロジェクトに従事するハッカーがなぜあれほど高い生産性や情熱をそこに傾けられるのか、その秘訣。

推薦図書を読んだからといって、簡単に集中人間になれる、なんてことはありません。しかし、フロー時間を生み出す要素が何かについて自覚的であれば、日々の習慣を変える指針にはなるでしょう。あるいは自分が管理する組織を、アメとムチ型から自律型に変えるのに必要な指針は何か、ということが明確になるかもしれません。

技術書ではありません。でもソフトウェア開発者が読んでおくべき一冊だと思います。そうそう、みんな大好き github 社は、出社義務もなければ納期もないという先進的な会社運営で知られていますが、本書を組織運営方針のバイブルにしているそうです。

あとがき